「ある一人の男」の人柄について 〜 執筆者「Enter(エンター)」のプロフィール詳細 〜

 

挨拶時のEnter(エンター)
挨拶時のEnter(エンター)

はじめまして!

ブログを訪問してくださり、ありがとうございます!

私は、このブログの執筆者『Enter(エンター)』です!
「千葉県
あさひ」生まれのアラサーです

よろしくお願いします!!!

(気持ちでは、あなたと握手をするため、手を出しています)

 

握手をするため手を差し出す画像
あなたと握手をするため手を差し出すEnter(エンター)

 

ここでは

  • 『私の略歴』
  • 『考え方・価値観』
  • 『性格』
  • 『過去の経験・出来事』
  • 『このブログの理念について』

これら、5つのことについて順に話していきます!

 

私の略歴・日常

まずは、私の略歴について話していこうと思います!

学生時代〜社会人までを一挙に振り返っていきます。

また、一つ一つの事柄に関する詳細は『過去の経験・出来事』で話していきます。

 

実績と現在取り組んでいること

読書家、本棚ライター。
 『学びで人を幸せにする “生きる本棚” 』になることを目指して活動中。

趣味は読書と勉強。古典や歴史書、偉人の伝記などが好き!!
 年間50〜60冊(週に1~2冊)*ほど読む!昨年は55冊。*(日課で読む2周目以上の書籍は含まない)
 思索したり、書き写したりしながら読むのが好き。精読派です!速読はできない。
 元『未来屋みらいや書店』の書店員!

 

小学校から高校まで不登校で、授業の出席率はギリギリ。
 高校3年生の夏、「いい大学に行きたい!」と一念発起。受けてみた全国模試で『受験者数11,710人中、”ビリ” 』になる。
 12年間(小学1年から高校3年)のブランクを独学でカバーし、偏差値36.3UP!
 東京都にある 4年制理系大学* に合格!!
*(偏差値60。受験のお話は『過去の私の経験・出来事』でも話します)

 

働き始めてから『学ぶこと』の大切さを痛感
  “学ぶための活動” を始める(セミナー、勉強会など…)。
 『今までに参加したセミナーや勉強会は 200* 以上!!』
*(有料無料の両方を含む。人生で初めてセミナーに参加したのは18歳の時。参加費3万*の宮口公寿さんの10名限定「記憶術」セミナー。*(筆者記憶)) 

 

『生きる本棚』になることを目指して

本棚と執筆者の日常イメージ
「生きる本棚」になることを目指して、日々勉強

「学びで人を幸せにする 『生きる本棚』 になること」を目指しています!!
 生きる本棚とは? —— ⑴まるで、本が詰まった本棚のような人間。生き字引じびき。 ⑵まるで、生きているかのように、だんだんと成長する本棚。—— 
 
 私は、⑴の意味のように、「わたし自身が学び、本棚のような人間になる過程を共有し、あなたといっしょに学んでいくことで、あなたの役に立ちたい!」と考えています!!

 さらに、⑵の意味のように、 “このサイトを、だんだんと成長する本棚のように” していきたいと考えています!

 

学びで人を幸せにする第一歩として、『人生に役立つ “知” の共有』という思いでブログを設立しました!
 「自分が持っているすべてをかけて、質の良い情報を共有していくこと」を心がけています!!
(詳しくは「このブログの理念について」で話します)

「365日」毎日欠かさず勉強、読書を続ける!魂の勉強家!
 あなたと学びを共有するため、「土日祝日、ゴールデウィーク、年末年始」関係なく継続しております!(2021年現在、4年目を迎えます)

 

♦ 2021年7月現在、日課として読んでる本は「老子・荘子ろうし・そうじ不動智神妙録ふどうちしんみょうろく般若経典はんにゃきょうてん」。それぞれ2周目!

日課で読んでいる本の写真
日課で読んでいる本(カバーは、捨てる派なのでカバー無し)

子供の頃から「勉強, スポーツは “人並み以下” 」

敗北-競争
敗北ばかりの学生時代

部活では万年ベンチ
 むしろユニフォームさえも貰えませんでした。強豪校ではありません。県大会にも出れないような弱小部活の話です。地区大会で、1回か2回勝てるかどうか、のレベルです。
ある練習試合では、30人近くいる部員の中で唯一自分だけ出してもらえない。ということもありました。
 下手すぎて、私が練習すると笑われます。バカにされ、自然とイジメの対象になっていきました。
 田舎の学校では、「不良とスポーツできる奴」が権力を握ります。千葉の片田舎の学校に通っていたわたしはそのヒエラルキーのうえでは、最下層です。
 結果、1年間イジメを受けることになりました。本当に辛い学生時代でした。

 

大学受験時には、全国模試で「受験者数11,710人の中で “ビリ” 」になりました。
友人からは笑われ、バカにされました。

 友人A「えっ!? ・・・・・・ビリ!? えっ!?(笑)」
 友人B「 おい、笑っちゃマズイってww」
 友人A「 だってビリだぜ!?(笑)」
 友人B「 頑張ればなんとかなるよ! 元気出せよ!!w うん!www」
  私 「・・・・・・・・・・・・」

笑いをこらえきれない友人の姿が今でも頭に残っています。
その後、志望校の話になり目標の大学を言ったら「え?お前が?ww」と言われました。
内心は悔しかったものの、「現実はビリ」。
何も言いかえせず、笑って誤魔化しました……。
そんな自分が嫌で、情けなくて、仕方ありませんでした・・・・・・。
(詳しくは『過去の私の経験・出来事』話します)

 

社会人として最初に働いたベンチャー企業で、営業職に就く。
 しかし、営業成績は5ヶ月連続ビリ
 一度だけブービー(下から二番目)になり、その後は6ヶ月連続ビリ。
 1年で2回胃腸炎になり、
 鬱状態や睡眠障害を起こし、精神科にも通いました。

 

私の唯一の取り柄

コツコツ-努力-継続
ビリでも、笑われても、コツコツと努力を継続するのが唯一の取り柄

「コツコツ続けること」が私の唯一の取り柄です!!
 部活では、地区大会弱小チームでユニフォームも貰えないような私でしたが、練習は真面目にやっていました!
年末年始も休まず、一人で自主練しました。
部活の友人には「バカじゃないの!?笑」と笑われました。
しかし、人並み以下の私が試合に出るためには、年末年始でも練習をする必要がありました。
 このコツコツ精神で努力を続け、部活では万年ベンチから「スタメン」に昇格!!
その頃、部全体のレベルも向上しており、数年ぶりに、県大会出場。更にはベスト8と張り合えるレベルまで到達していました!

 

 大学受験でも「コツコツと、休まず毎日勉強しました」おかげで「偏差値36.3UP*」!!無事、大学に合格できました!!*(更に詳しくは『過去の私の経験・出来事』で話します)

 

 仕事では土日もほとんど休まず働きました(「2〜3週に1回 “半休” を取り、5〜6週に1回 “1日休み” を取る」くらいのペースで働いてました)
 残念ながら営業では結果が出ることはありませんでしたが、広報として自分で企画した「広報イベントの企画・運営」の仕事に従事するようになってから、結果が段々と出始めました。
 そのおかげか、「小規模プロジェクトのリーダー」に着任したり、人事として「新人教育」したり、「昇格の査定」したり…といった責任ある業務を任せてもらえるようになりました。

私の考え方・価値観、その背景

さて、ここまで『私の略歴と日常、目指すもの』などを話してきました!

次は、私がどのような『考え方や価値観』を持っているか。パーソナルな部分について話していきます!

またここでは『考え方や価値観』を『後天的に身に付けた考え方・思考』と定義して話していきます。なので、プライベートな趣味や先天的な思考などは次項の『私の性格』で話します!

 

モットーは、『できるまで、努力し続ける!10年、20年、30年でも!!』

自然な姿で生きるライフスタイルのイメージ
気張らない、自然体で生きるライフスタイル

モットーは、『できるまで、努力し続ける!10年、20年、30年でも!!』
 できるようになるまで、諦めない!
 人より覚えるのが遅くとも、惨めでも、辛くても、絶対に諦めない!
 基本的に凡人以下の能力である自分を認めて、続けることを大切にしています!

♦ 自分で「変えられる余地・考える余地」があるものを面白いと感じるタイプ!
 完成品より、色々実験・試作してみるのが好き!

 

日々、気をつけていることは『分からないことは、わからないでいい!』
 わからない自覚を持って、その上で学ぶことを大切にしています!!(意地を張って何十回も失敗してきたので、「想像・イメージ・印象」で決めつけず、わからないことは学んでから考えることを大切にしています)

 

毎朝の習慣は『10分間の座禅とストレッチ』
2021年現在、12年目を迎えます!!(回数にすると4015回以上!!)
(座禅で、自分を落ち着けた後、ストレッチで体をほぐすことによって、肩こり、腰痛の解消・予防をしています。さらに、この習慣を行うことで、 “集中するスイッチ” が入るので、大切な習慣となっています)

 

私の好きな言葉

  • 温故知新おんこちしんふるきをたずねてあたらしきをる」
    [意訳]
     ― 古いものから学び、新しい知識・見解・発想を生み出すことが大切である。 という意味 ―
    孔子こうし - 約2500年前の中国の哲学者 -)
温故知新-ペン字-自筆
Enter(エンター)直筆『温故知新』

 

  • 禍福かふくもんなし。だ人のまねところなり」
    [意訳]
     ― “幸福や不幸が通る門(= 運命 )” などは、存在しない。そんなのは幻想だ!ただ、人の行い、行動によってのみ、幸福や不幸が決まるのだ! という意味 ―
    襄公じょうこう - 約2600年前の中国 春秋しゅんじゅう 時代の宋の君主 -)
「禍福無門」執筆者直筆の写真
Enter(エンター)直筆『禍福無門』

 

  • だんじて敢行かんこうすれば鬼神きしんこれく」
    [意訳]
     ― 堅い決意を持って断行だんこうすれば、鬼神きしん(恐ろしい邪神)もあなたを避け、道を開けるだろう。決して辞めない意志を持ち、継続すれば、何ものにも邪魔されることはない。 という意味 ―
    李斯りし - 約2200年前の中国の法家。秦帝国の成立に貢献した宰相 -)
執筆者直筆の「断じて敢行すれば鬼神も之を避く」の画像
Enter(エンター)直筆『断而敢行鬼神避之』

 

私の性格

笑顔-子供-人
執筆者の性格

♦ 言うべきことは言うタイプ
 20代なかばの時、会社のあるオジサンが「お客さんのためにもならず、会社のためにもならず、自分のためにしかならないこと」をしてる人がいました。その36歳年上のオジサンに物申して丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶、物凄い勢いでキレられた、なんてこともありました。
「あまり怒らなそう」と言われることも多いですが、言うことは言うタイプです。

♦ 友人知人との交流も好きだけど、一人の時間も欲しいタイプ

 

♦ 短所は、人見知りで声が小さいこと
 美容室で、よく言われることは「えっ?なんですか?」。
話したくもないのに話しかけられて、答えたら答えたで聞き返させる。そんな無意味な事態を回避するために熟考した末、「雑誌読んでるフリ」をすることにしたタイプ。

基本はインドア派
 もし、「動かなくても健康に生きていける体」を持っていたら、全く動かないで生きていきたい・・・!と考えていたタイプ。ナマケモノに憧れた。

 

「気に入った物、質がいい物」を長く大事に使うタイプ!!
財布は、11年同じもので、じいちゃんの形見。他にも、16年前に買った扇子をいまだに持っています!!(小さい頃、京都で買ったもの、値段は3000円。(大事にしすぎてあまり使っていなかったが、ここ2年くらいはちゃんと使っている)

人から言われる性格は「クソ真面目!」「バカ正直!」「不器用!!」
(これはつまり、バカってことか・・・・・・?(汗))

 

私の性格を漫画のキャラで例えると『銀ぎんの匙さじ』の『八軒はちけん』

自分の性格を漫画のキャラで例えると『ぎんさじ八軒 勇吾はちけん ゆうご
 馬みたいな性格です。臆病で、いろんな事を深く考えすぎてよく悩みます。副部長もやってました。(顔も馬似です。『トイ・ストーリー』に出てきそうな顔、とよく言われます)

好きなアニメは、『ふね』(「辞書作り」を描いた作品[Wiki])。
 「紙の”めくり具合”がダメ」「言葉を大切にする描写」が、特に私の琴線きんせんに触れるシーンです。暖かく、でも静かに感情を熱くさせてくれる!そんなところが好きです!!(エンディングテーマもいいです!!)

 

アニメ-イラスト
サブカルは日本の文化

小学生時代、ハマったゲームは、ファイナルファンタジーX』『キングダム ハーツ(PS2の第一作目)』
 どちらもプレイ時間は、200時間以上。親に怒られる危険があるとわかっていても、我慢できずに、ブラウン管テレビにイヤホン刺して、深夜までやっていました!!
 しかし、当時「木造, 6畳×2部屋の2LDKアパート」だったので、「薄い壁」一枚隔てた先に「両親の部屋」があり、コントローラーのカチカチ音が聞こえて、何度も見つかってしまうハメに・・・・・・。

 

「趣(おもむき)あるもの」「ボーッとしてる」のが好き

「古いもの、おもむきあるもの」が好き!!
 日本庭園を見ながら、1時間くらい「ボー・・・・・・」っとしているのが物凄く好きです!
 大学生の時、京都旅行に行ったとき、枯山水や、庭園を見ながら「ボー・・・・・・」っとしていたら、彼女に怒られました(笑)価値観の一致は大事ですね!!

静かな場所が好き!
 遊園地やライブなどの刺激的で盛り上がる場所よりも公園や、室内などの静かな場所が好きです。

 

公園や河原で読書するのも好きです!!風を感じながらゆっくりと、「ボー・・・・・・」っとするのが好きです!
 女友達には、よく「おじいちゃんみたい」と言われます。ウィンドウショッピングをすると「後ろで手を組んで歩く姿」からも、おじいちゃんっぽいらしいです・・・
 目標を決めて「やる!」と思わない限りは、ボーッとしています。。。

草原の写真_ボーッとしているイメージ写真
草と共にボーッとしているのが好き

 

服は「10年使えるもの」を基準に

服は「10年使えるか?」という基準で買います!!
 2017年春から、この買い方に変えました!余暇が増え、節約にもなっています!
 考える要素としては「10年後も着ていたいと思うか」「機能性」「デザイン性」「耐久性」です。一番大事なのは、「10年着ていたいと思うか」なので、ブランドの理念や歴史、経営者の本などを調べてみて、納得したところから買うようにしています!!
 何となく買ってしまうと、結局あとになって着ないものが多かったり、1回着ただけで捨ててしまうのは、環境的にも、お財布的にも善くないことだと考えるようになったからです。
なので、服はなるべく長く着れて、長く着ても飽きないくらい気に入った物を購入するようにしています。

 

好きな服のブランドは『パタゴニア』『ノースフェイス』『Levi’s』『New Balance』!!
 機能性を重視するタイプです!!
 素材から調べ、実店舗に行き、試着します。着心地の良さ、軽量性を確認。更にブランド愛に溢れた店員さんを見つけ、話し込みます。「透湿性、撥水性、耐久性、保温性」を質問し、信用できる店員さんから気持ちよく買うのが好きです!
 2021年現在、4年目を迎える愛用のパタゴニア製のジャケット(クラウド・リッジ)は、東京で購入!東京都内のパタゴニア直営店すべて(8店舗)を2日かけて自転車で回って、購入したお気に入りです!!
 高くとも、耐久性にも優れるアウトドア製品は長く使えるのでオススメです!!長く使っても品質が落ちにくいので、結果的に安い買い物となっていることも多い。経済的な面でも、価値のある至高の逸品たちです!!

 

尊敬する人は「こだわり派!」

尊敬するタイプの人は「オタク気質な人」「クリエイター気質の人」「職人気質の人」「研究者気質の人」です!!

  • 「オタク気質な人」 ➜ 自分の好きなことに、とにかく一生懸命で満面の笑みと情熱で、好きなものについて話してくれる人!
     彼らと話していると、本当に面白い。話を聞いてるコチラが幸せに気分になってくる。まさに「人生の幸せを最も謳歌している人達」といった印象を持っています。
     彼らの話は、どんな分野であろうと面白い。「地下アイドルの話」「大好きな歌手の話」「大好きなゲームの話」「アニメ・漫画の話」など、とにかく面白い!!
     私の趣味嗜好など関係なく、好きなことに対する彼らの情熱と愛情を尊敬しています!!

 

  • 「クリエイター気質の人」 ➜ モノづくりが大好きで、何かを作り出すことに情熱を注ぎ込んでいる人!
     アイディアマンで、いつも面白いことを突拍子もなく言ってくる。「俺、ちょっとバックパックで旅してくるわ!」「夏に留学行ってくるわ!」と言い出すタイプ!!
     大体、彼らが遊びに誘ってくるのは、いつも当日。泊まり込みで早朝出発の遊びとかも、平気で「前日の夜」とかに誘ってくるタイプ!!
     でも憎めない。企画、祭が好きで、エネルギッシュで、芸術家の彼らを尊敬しています!!

 

  • 「職人気質の人」 ➜ 何をするにも、細かい所にこだわる人!
     たとえば、趣味がスポーツの人だと、道具の一つひとつにこだわりがあって、話を聞くと一つの道具で1時間くらい平気で話し込むタイプ!!
     物を買う過程が非常に長いのも特徴。とにかく細かいところまでよく調べて、納得いくまで絶対に買おうとはしない。セールスマン泣かせの人たちです!
     しかし、彼らのこだわりは、本物を追い求める探究心と物事を真剣に愛している愛情から来ています。妥協せず、「本物」を追い求める彼らの姿勢、努力を尊敬しています!!

  

  • 「研究者気質の人」 ➜ 物事の原理、仕組みを探求することが好きで、その探求への努力を惜しまない人!
     理系大学には、このタイプが多くて、個性があり「心の内で静かに情熱を燃やしている人」が多かったです!このタイプの人は、総じて良い奴が多いですが、誤解されやすく、スカしてるとか思われている人も少なくない。
     でも違う!!彼らは頭が本質的で、勉強もできるから、面倒なことやムダなこと、表面的な人が嫌いなだけ!コチラが誠意を持って接すれば、色々教えてくれるし根は優しいジェントルマンです!!

♦ 好きな食べ物は「タコライス」、「チキン南蛮」、「ルマンド」!!
♦ 嫌いな食べ物は「イチゴ」、「きのこ類」!!

2021年某日

Enter(エンター)の署名
2021年某日にEnter(エンター)が書いた署名

 

過去の私の経験・出来事

さて、ここまで『私の略歴や人格、性格』について話してきました!
私という人間が「どんな人なのか」、イメージする助けになっていれば幸いです!!

  • 『私の略歴』
  • 『考え方・価値観』
  • 『性格』
  • 『過去の経験・出来事』
  • 『このブログの理念について』

次は、【過去の経験・出来事】について話していきます!
先程よりも長い話になりますが、お付き合いください!!

 

高校卒業時の偏差値は23.7。逆転合格までのキセキ

入学した高校は「偏差値30代、いわゆる “誰でも入れる高校” 」です。

私の高校での 大学の一般受験率は “2% “合格率” ではなく “受験率2%” です。 合格率はさらに低いです。ほぼ0%と言っていいでしょう。

私も推薦が欲しかった。しかし、学校をサボっていた私がもらえるはずもなく・・・・・・。仕方なく一般受験しました。結果は、すべて不合格ぜんめつ。その後、浪人して最初に受けた4月の模試では「40点(数学, 英語, 物理の300点満点)」。「偏差値23.7」でした。

当然です。高校卒業まで、全く勉強したことがない落ちこぼれだったのですから。

 

テストで「0点」取るのが当たり前の学生時代

どうして、学校をサボったりしていたのか。その話をするために、もっと小さい頃の私の話をさせてください。

まだ、小学生だった頃の話です。

小学生のわたしは、テストで赤点を取るのが当たり前。0点を取ることも珍しくなかったです。むしろ、テストを受けていない。なんてこともよくあって、居残りで放課後にやったり、皆が掃除の時間にやらされたりしてました。それくらいバカで、勉強をやる気もゼロでした。

 

私は不思議でした。

「なんで学校に行くのか?」

「なんで勉強するのか?」

その疑問に答えてくれる大人は周りにいませんでした。疑問を投げかけると返ってくる答えは決まっています。「将来のため」「あなたのため」。「僕がやるかどうか決めてはいけないの?」と聞き返すと大体返答は3パターンです。

  1. 圧力系:「いいからやりなさい」
  2. リスク刺激系:「あとで後悔しても遅いわよ」
  3. 諭す系:「将来やっといてよかったと思うから」

 

という感じです。正直、誤魔化されている感じがしました。どんなに聞いても納得いかないままで、それ以上教えてくれませんでした。

なので、学校に行く意味を感じず、あまり学校にも行っていなかった。というわけです。だから、勉強ができないのは当然の結果です。というより、「授業を受けていなかった」という方が正しいでしょう。

 

よく分からないからやらない。やりたいこと、楽しいことを見つけるために動くわけでもない。そんな、無気力でひねくれた小学生でした。

なぜ、そんなひねくれ無気力少年になってしまったのか。その理由は、家庭環境が悪く、落ち着ける居場所が無かったからです。

 

父親は暴君。3日に1回は怒号が聞こえてくる

私の父親は、3日に1回は怒鳴り散らし、1ヶ月に一回は机をひっくり返す。
物を投げられたり、殴られることもある。そんな父親でした・・・・・・。

私は、父親の暴君ぶりに嫌気がさしていました。

内心はいつも、「クソオヤジめ!だまれ!どっか行け!」

そんな風に思っていました。

しかし、小学生の私からすると、一回りも、二回りも大きい父親に言えるはずもありません。

ココロのうちで反抗はしてみるものの、いつも何も言えませんでした。

 

そんな家庭環境だったので、自宅に安らぎはありません。ストレスがたまり、眠るのはいつも深夜0時過ぎ。その時間になると、家族が皆眠るので、やっと落ち着けたのです。

また、先程も話した通り「なぜ学校に行くのか」。その意味が分かりませんでした。ですので、学校は、1週間に1回はズル休みして、1時限目の授業から出ることは、ほぼ皆無といっていいほどの出席率でした。

「帰りの会(1日の全授業終了後のホームルーム)」に登校したことも何度かあります。

当時の私は、無気力で「家にいたくない、学校もめんどくさい」。やさぐれた気持ちで、解決策も見出せないまま漠然と過ごしていました。

 

何もない千葉の片田舎が、大嫌いだった

私が育った千葉の片田舎は、畑だらけで何もありませんでした。3階以上の建物なんてそうありません。「小さい子供が入ってはいけない」と言われるような、いかがわしいお店の雑居ビルが、チラホラあるくらいです。

田舎は土地が余ってるので、平たい家が多く、お金持ちの家なんかは「バカデカい」です。夜は22時くらいから静かになり始め、街頭が100mに1本あるかどうかなので、異様に暗い。東京の新宿・渋谷なんかとは大違いです。

歩道も整備されてないので、車道と歩道の間に白線があるだけなんてのも多い。

田舎-車道-白線
私が育った田舎道のイメージ

また、ちゃんと舗装されてないのでコンクリートが「ヒビだらけ」なんてのも当たり前です。都会じゃほとんど見られないですよね。でもそんなところばかりです。自転車で走ると振動で大変です。自転車に乗りながらジュースを飲むのもできません。(舗装されてる所でもやってはいけませんが)

コンクリート-ヒビ-田舎道
ヒビの入ったコンクリートだらけの田舎道

通学路は畑くさいです。肥料か糞の臭いでしょうか。とにかく臭い。大体、いつも同じところで匂ってくる、あの独特の匂いを嗅ぐと学生時代を思い出します。

春になると風が強くなるので、畑の砂が道路や歩道に舞い散り、ランドセルや耳や口に砂が入ってきます。だから、登下校の度に、室内に入る前に「砂を落とす作業」をします。

「鬱陶しくてしょうがない!俺は絶対にこの田舎から出てやる!」といつも思ってました。

 

とはいえ、現実は落ちこぼれ、取柄も特にない、かといって努力もしたくない。そんな少年が何かのプランを持っているわけもなく、漠然と過ごしていました。

 

無気力少年に「夢」ができた

落ちこぼれで、努力も嫌いな無気力少年の私は中学校に入っても変わりませんでした。同じように「学校にも行かず、家にもいたくない」。そんな中途半端な生活を続けていました。

しかし、中学3年生になる頃には「変わらなければいけない」と考えるようになりました。そして、その時TVで見た映画に影響されて「私もいい大学に入って、東京に行けば変われる!」と考えるようになりました。

 

その時から私は「いい大学に入って、東京に行きたい!」という夢ができました。

「いい大学に入って、東京に行けば何かが変わる!きっと成功できる!幸せになれる!」当時の私は、そんな漠然とした思いを信じて疑いませんでした。

 

「いい大学」の定義もよくわからず、とにかく「いい大学に入って東京に行く!」具体的には何一つとして、わかっていませんでした。しかし、夢は両手いっぱいに持っていました。

 

人生初の試練「高校受験」

両手いっぱいに夢を持った私は、「高校受験」という試練に、果敢に挑みました。無気力少年が挑む人生始めての試練です。

「いい大学」にいくために、まずは「いい高校」に行こうと思ったのです。

私は、合格する自信だけは人一倍持っていました。もちろん勉強はできません。だからといって、ほとんど勉強もませんでした。しかし、自信は人一倍ありました。

自信家-子供
夢を持っていれば、勝てると信じていた自信家の私のイメージ

ドラマや映画の見すぎで、自分はやればできる天才だと勘違いしていました。いわゆる『中二病』に罹患していたのです。夢で勝てると思っていたのです。今となっては、黒歴史以外のなにものでもありません。本当にお恥ずかしい限りです。

しかし、当時の私にとってはそれが真実で、それが現実で起こり得るものだと信じて疑いませんでした。

 

合格発表の日(高校受験)

知力をどっかに置いて、夢だけを持って、私は受験に挑みました。

それから何週間か過ぎ、合格発表の日がやってきます。

合格発表は、友人の「鈴木くん」(小学1年生からずっと同じクラスの友人)と自転車で見に行きました。試験当日も一緒に受験した仲の良い友人です。

道中は、「どうかなー?受かってるかな?」「部活どうする?」なんて話をしながら、高校まで自転車で30分の道のりを緊張しつつも、ワクワクしながら、走っていました。

高校に到着し、自転車を止め、30mほど先に見える合格発表の掲示板に二人で歩いていきます。受験番号は「鈴木くんが147番、私が148番」。人をかき分け130番台、140番台を見つけ、目線を上下左右に動かしながら自分の番号を探します・・・・・・。

結果は、鈴木くん「合格」。私は「不合格」。

気まずい空気が流れます。鈴木くんは合格者用の資料を受け取りに行きます。戻ってきても、気まずい空気が続きます。私は、「まぁしょうがないな!」なんて言いながら、カラ元気でなんとか帰りの30分をやり過ごしました。

こうして「夢だけ持っていれば、勝てる(合格できる)」。奇跡なんて現実では起きない。そんな当たり前の現実を私は思い知らさせるのでした。

人生、一度目の失敗です。

 

高校では心機一転しんきいってん

進学した高校は、名前を書けば誰でも入れるような偏差値30代のところです。しかし、高校では心を入れ替えて「夢のために頑張ろう」と決意しました。

「高校受験は失敗したが、次こそは真面目に勉強もやって、いい大学に入って、東京に行くんだ!」

 

しかし、最初の1ヶ月ですぐに挫折しました。中学校までのサボり癖と勉強の遅れが、どうしようも無かったのです。すぐには変われませんでした。

 

中学と同じように自堕落で、なんとなく過ごす日々に戻っていきました。「人はそう簡単には変わらない」。ということを実感しました。梅雨も始まりかけた高校1年の5月のことでした。

ここからは、なんとなく過ごし続ける高校生活の始まりです。休み時間はお笑い芸人の「トータルテンボス」の動画を見たり、サッカーゲームの「ウイニングイレブン(通称”ウイイレ”)」の話をしました。彼女もできず、「あの子とあいつが付き合っている」だの他愛ない話をしては、笑って、茶化して・・・・・どこか物足りないと思いながらも、楽しい生活を過ごしていました。

 

人生2度目の試練「大学受験」

しかし、次の試練はすぐにやってきました。大学受験です。大学受験は失敗したくないと思っていました。「もう高校受験のように失敗しないぞ!」と意気込みだけは日本一でした。

高校受験まで全く勉強してこなかった人が、たった7ヶ月で「早稲田大学や慶應義塾大学*」といった有名大学に合格するなどありえるのでしょうか?*(当時の私の中での「いい大学」)

当然、無理です。99.9%の人は落ちるでしょう。

こうして、意気込みだけは「日本一」の高校生(わたし)は大学受験も失敗しました。

人生、二度目の失敗です。

 

「いい大学」に入るために

嫌いな勉強をやらなければ、いい大学に入れない。だから仕方なく勉強しました

往生際の悪さだけは昔からあったので、意地と根性で勉強を続けました。

最初の数ヶ月は全く伸びなくて、成績は通っていた予備校のクラスでビリでした。
さらには、模試で「数学3点、英語8点」、この時の受験者数は11,710人でしたが、私は全国でビリでした。

 

模試でビリなど聞いたこともありません。ビリになったわたしでさえ驚きました。分母と分子が同じ数字の光景が、本当に存在しているのだと・・・・・・。

その時の恥ずかしさ、情けなさ、模試の結果を見せた時のゲラゲラ爆笑する3人の友人たち、不甲斐なさ、悔しさ、これら全てを含んだ負の感情は、今でも鮮明に私の中に残っています。

 

予備校の授業にも全くついていけず、3ヶ月立つ頃には、ほとんど予備校に行かなくなり、半年で辞めてしまいました。3ヶ月くらいは家で自暴自棄になっていました。

 

2度の失敗を乗り越えた先にあったもの

しかし、「いい大学に入って、東京に行きたい!」

その思いだけは消えずに残っていました。私は独学でもう一度、やり直すことを決意。

それからは毎日、勉強しました。「起きたら勉強、寝る。」という生活を続け、偏差値30UPを達成。東京都にある4年制理系大学*に合格しました。*(偏差値60)

 

そこで、いろんな自分の弱い部分と向き合いつつ、克服し成長した経験。勉強はやってこなかっただけで、やってみると悪くない。そんな教訓を学べたのは大きな収穫でした。

また、後に11,710人でビリを取った時に笑われた友人たちからは、「まさか〇〇大学にお前が受かるとは思わなかった」と驚かれました。
「してやったりです!!」
「やり返してやった!」
と、自分が誇らしかったです!

しかし、同時に「予備校をやめてから心配してた。受かって良かったな。」

危なく泣き出しそうになってしまって、目が潤みました。その時、またあの時と同じように笑われましたが嫌悪感はありませんでした。私は自分を恥じ、友人たちやそれまで、支えてくれた両親に感謝しました。

 

「ありがとう」

「本当に、本当にありがとう・・・・・・!!」

この経験が、私に「勉強することの大切さ」を教えてくれました。そして私の人生観を大きく変えた貴重な成功体験です。
(参考:独学での偏差値UP法についての気になる場合はコチラの記事から→『【大学受験】こうして私は独学で偏差値を30アップしました』)

ガッツポーズのイメージ写真
夢を叶えられて、本当に嬉しかった

 

しばしの休息

長い受験生活が2月に終わり、入学までの2ヶ月ほどは、とにかく家でゆっくりしていました。

「大学に入ったら、夢を見つけるために頑張ろう!」でも、今まで頑張ってきたから自分へのご褒美にしばしの休息を取ることにしたのです…。

休息のイメージ写真
憧れの大学生活が始まるまで、しばし休息……

憧れの大学で、私を待っていたもの!!

大学に入った私は愕然としました。

大学の授業はアカデミックな話や理論ばかりで、私が思い描いていた実験の日々や、実習の日々ではなかったのです。

 

理系の大学に入れば、実習やら実験やらで実践的な知識と経験を積み、研究開発ができるようになる人材に育つと勝手に想像してました。自分がやりたい実験や制作活動を学びながらできるというのは、幻想だったのです。

実験は3年生からがメインで、仮に3年生になっても私が想定したような実験は全く無いことがわかりました。私がやりたい実験や制作活動ができるのは最低でも4年生の卒業研究からで、それまでは学びたくもない、大学が決めた必修単位を取り続けなければいけない。そんな生活だったのです。

 

あれだけ憧れていた大学に絶望

私は、あれだけ憧れていた大学に絶望しました。

6月になる頃には授業をサボり始め、サークルや飲み会で遊び呆ける日々を送りました。入学した時は、頑張ろうと意気込んでいたものの、6月にはどうでもよくなってしまったのです。

目的もなくただ遊び呆けました。授業はできる限りサボり、テストとレポートだけ少し頑張る。頑張るのは単位を取るため。単位を取って進級するためです。それだけのためです。正直、授業は「クソつまらない」ものばかりでした。

 

あっという間に2年が過ぎ、私は3年生になっていました。
就職活動に伴い、自己分析をはじめました。入学時の思い、過去の出来事などを年表にするアレです。そして、大学に入ってから何もしてこなかった2年間を悔いました。

なぜなら、その時の自分は「クズ人間」と化していたからです。

授業はサボる、そのくせ友達にノート見せてくれ、過去問くれ、勉強教えてくれ。いわゆる「くれくれ星人」です。私は自分を恥じました。せっかく入学するまでに頑張ったのに自分は一体、何をしているんだと。。。

 

人生3度目の正直

明らかに入学時よりも「劣っている人間」になり下がった自分を私は許せませんでした。

「せっかく、高校受験、大学受験と失敗して、いい大学に入れたのに、おれは何をやっているんだ!」

自分を責めました。

私は「変わること」を胸に誓い、勉強を開始しました。人として成長していくために。

まず、思いついたのは自己啓発系の本を読むことですが、読書嫌いな私は徹底して本を避けました。本以外で学べる方法は思いつく限り、試しました。

  • 勉強会やセミナーに参加(有料、無料問わず)
  • 社会人もいる会員制有料コミュニティ、サロンへの参加
  • 動画教材、オンライン学習
  • ネットサーフィンでの情報収集(ネット上の記事なら短いので読めるということで、移動時間に読んで勉強してました。)
  • 魅力的な活動をしている同世代の学生に直接メッセージを送って、活動に至った経緯や失敗談、成功譚、ノウハウ、哲学などの話を自分の行動の指針の参考にさせてもらった。100人くらい会いました。「同世代でこんなに違うのか(汗)」と人もいて正直焦りました。
  • FacebookやTwitterで経営者、企業の人に「会ってくれませんか?」とメッセージを送ってみる。20~30人くらい会いました(意外と会ってくれる。著名人も送ってみた。相手は心理学の有名な先生(TV出演, 著書も多数)。友達申請とメッセージを送ったが返事は無かった。)

思いつくものを片っ端からやりました。

 

余談ですが、本嫌いの私がこの頃までに、読んだ本は9冊(『あひるの空 1巻』『世紀末リーダー伝たけし! 20巻』『SLAM DANK 18〜24巻』)。実用書や文学、ビジネス書や自己啓発書など、一度も読んだことがない。この9冊も友達の家で「漫画を読もう」となったので、仕方なく読んだもの。苦痛を我慢し読みました。「ゲームがしたい」とは言い出せなかった。臆病な自分を悔いた思い出です。

 

意味がない勉強

色々と参加していくうちに、行動しないと意味がないということに気付き始めました。

大学受験時代も有名な参考書や分厚い参考書(フォレスト、チャート式数学(白, 黄, 青))を何冊も買って満足したり、「予備校に行っていれば大丈夫」と自分に言い聞かせてました。しかし「できたつもり」になることでは、意味がないことを思い出したのです。

 

そこで、勉強と並行して行動することにしました。

具体的には、学生団体を自分で作ったり、イベントを主催してみました。

活動期間は約1年半。企画・集客・運営をすべて自分たちで行い、11回のイベントを開催し、述べ210名*ほど参加して頂きました。

*(一番成功したイベントは、スポーツイベントで参加者100名。一番失敗したイベントは、企業の方に協力してもらったセミナーイベントで参加者2名(冷や汗が止まりませんでした)。二番目に失敗したイベントは、レジャーイベントで参加者3名(内2名は友達)。)

 

数々の失敗を経て、今がある

このような経験を経て、今の私があります。

今のアラサーの私を形作っているのは学生時代の失敗と成功の経験の数々です。そして、この経験を活かして社会に大きく貢献できる人に成長するため、今現在(2021年7月)も邁進中です。
(参考:まだまだ失敗も多い。コチラは失敗のいい例→「人を救うには力がいる【私の備忘録】」

今はまだ微力ですが、3年後、5年後には、今よりも大きく社会に貢献できる人間でありたいと考えています。

そのために、自分にできる貢献の1つとしてブログを設立しようと決めました。

 

ブログ設立の思い「知恵の大切さ」

私は、経験や知識は「 “知恵” に昇華する」ことが大切であり “知恵” となることで、はじめて意味を成すものだと考えています。

飽きたり怠けたりせず、学び、改善してきたなかで得た経験、知識を「日常や人生で使える “知恵” 」に昇華すること。

そのために「知識を学び、実践する」。

それが、人生で大切であると、私は考えています。

だから私は、ブログをとおして「知識、知恵」を発信することでその一助となること。一人でも多くの人に貢献すること。

そういった思いを実現するために、このブログを設立しました。

 

このブログの理念について

長い文章を読んでくださりありがとうございます!!これで、『過去の経験・出来事』は終わりです!
 私という人間が、「どのような人間で、今までどのような経験を経て今があるのか」、「人柄や性格」をイメージする助けになっていれば幸いです!!

  • 『私の略歴』
  • 『考え方・価値観』
  • 『性格』
  • 『過去の経験・出来事』
  • 『このブログの理念について』

残るはあと一つ!!【このブログの理念について】を話していきます!

 

『人生に役立つ “知” の共有』

『過去の私の経験・出来事』でも話しましたが、私は、もともと勉強が大嫌いです。平均を遥かに下回る学力しかありませんでした。「小学校のテストで0点頻発」、「高校卒業時までまともに勉強したことがなく、卒業時の偏差値は23.7」、「全国模試で11,710人中ビリ」。

これが私の学力の真実です。すべて、私という一人の人間が経験した事実です。

 

そんな自分を変えたくて、私は高校卒業時から勉強し始めました。一度として、まともに手を付けてこなかった勉強に挑みました。その結果、普通の人より遅れて大学に入ることになりました。しかし、大学内外で、出会った人達や経験は遅れてでも手に入れる価値があるものでした。

それらは私にとって宝物になりました。

 

その宝物は、勉強し、知力を身につけたからこそ、得たられたものです。

だから、私は「知力で得られるもの」を人のために役立てたいと思い、このブログを設立しました。

  

私の強み・特徴

ここからは、すこしだけ「私の強み」についてお話させてください。

 

私は、よく相談を受けてきました。

なぜか私は相談されることが多い少年でした。誰かの相談を受けない時期が、1年開くことは大学受験期以外は、無かったです。

内容は様々ですが、「恋愛や仕事、家族との問題、職場環境」といった「人間関係」の問題で相談されることが多かったです。友人や同僚はもちろん、後輩、先輩問わず様々な人から相談を受けてきました。

2~3人に同時に相談を受けているなんてこともあり、テスト前日にも関わらず深夜まで長電話して、翌日の勉強を全くできていない、なんてことも何度あったか分かりません。(カッコつけて相談相手には「ダイジョブ!」と言ってしまう性格はアラサーになった今でも、反省すべき点です)

 

すべてがすべて、円満な解決に至ったとは、正直言えません。ぐちゃぐちゃになってしまったものもあります。幼稚園から大学まで同じ学校の20年来の友人とのトラブル、自傷行為、近親相姦といった、非常に繊細で難しい相談もありました。私の力だけでは、解決不可能だと思ったものもあります。

 

私は落ち込んだ人を放っておけない

しかし、私は笑顔を失った人を放っておけませんでした。

だから一生懸命、誠心誠意、問題の解決に尽力しました。相談期間が3ヶ月、半年くらいかかるのは当たり前です。それくらい人間関係は慎重に、進める必要があるからです。1年以上になったものもあります。

そして、そんな気持ちが伝わったのか、相談を受ける中で「ある言葉」をよく言われることに気付きました。

 

それは「人に始めて言いました」という言葉です。

何が原因で、どうしてそんな重大な問題を私に伝えてくれたのだろうと今でもよく分かりません。

私は、ただ目の前の落ち込んでいる人を笑顔にしたかっただけです。

「なんとかして、この問題を解決して、もう一度心から笑うこいつの笑顔が見たい!」 

そんな風に思いながら、数時間、時には5時間でも、真剣に話を聞き、あらゆる可能性を一緒に検討しました。議論を交わし、時には甘えを叱責し、問題を一緒に解決していきました。

 

人生相談で「人に初めて言いました」と言われる理由

なぜ、平凡な千葉の片田舎に生まれた私が人間関係の問題について、答えられたのか、相談を受けてきたのか。

それはおそらく、私自身が幼少期に両親の不仲、家庭内での暴力や居心地の悪さ、中高でのイジメられた体験があったからです。
(参考:イジメや人間関係に関する奮闘記は、ここでは詳細に触れませんが気になる場合はコチラの記事を参考にどうぞ→『人間関係には努力で超えられない壁がある。〜学生時代に受けたイジメからの体験談〜』

誰よりも「人間関係」の問題に向き合い、解決しなければいけない環境であったこと、解決できなければ「自分の身が危うかったこと」が、様々な人の問題解決に助力できた要因だと考えています。

 

このような体験から「幸せな生き方とは?」「感情とは?」「心理学」に興味を持ち、思想、歴史、人の成り立ち、仏教、西洋哲学、心理学、これらの関連書籍を100冊以上読み漁ってきました。

こうして本で学んだ知識や、独自の体験を元に研究・考察を重ねて、仕事でもプライベートでも関係なく、「笑顔になれる人を増やしたい」と思いながら毎日を過ごしてきました。

 

私は人を笑顔にしたい

私の知識や体験を活かして「学びで人を笑顔にしたい」

それが、このブログの理念『人生に役立つ “知” の共有』の中身の思いです。私は笑顔になれる人を増やしたい。みんなが笑顔でいられる世の中にしたいのです。

 

役立つ記事があったら、誰かを笑顔にするために使ってください。
あまりにくだらなさ過ぎることや、使えないということで、ネタにして頂けるならそれもまた、アリです。

あなた笑顔の一助になることが、私の幸せです。

願い-祈り-笑顔の一助
あなたの笑顔の一助になるために励みます

 

最後に

まず、一言お礼を言わせてください。ありがとうございます。

あなたの貴重な時間を割いて、最後まで読んでくださったこと、本当に感謝しています。読み物として決して短いものでは無かったと思います。それでも、私という人間を少しでも知ってえもらえたらと思い、書きました。

拙い部分も多くあったと思います。それでも、最後まで読んでくださったあなたに、本当に感謝しています!ありがとうございます!!

 

また、より読みやすく、分かりやすくできるように、これからも頑張ります!

私は、まだまだ未熟者ですが、「あなたの人生に役立つ “知” 」を提供・共有できるよう、これからも邁進し続けることをこの場を借りて、お約束いたします。

価値ある情報で、あなたと数年来のお付き合いになれるよう、これからも邁進し続けます。

 

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

2021年某日

Enter(エンター)の署名
2021年某日にEnter(エンター)が書いた署名

 

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